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1980年代、幻のロックバンドと呼ばれたグループがあった。その名はPINK。偶然、友人から借りた1本のテープから、私もそのとりこになった。彼らは、技術的にも感性的にも高度であり、かつ都会的で洗練されていた。特にジャパニーズ・ロックの新境地を拓いたと言われる福岡ユタカの、パワフルで哀愁あるボーカルに心を奪われたものだった。やがてバンドは解散し、その後PINKという名を聞く事は無かった。
それから10数年、東京から島根県石見地方にIターンしてきた私にある日、夫が言った。「PINKのボーカルは石見の出身らしいよ」。あの都会的なサウンドを生み出す人のルーツが、この自然豊かで素朴な石見の地であった事が、私には驚きであり不思議ですらあった。彼は今、世界各地の民族音楽を素材に独自の音楽を模索しているのだという。彼の音楽ジャンルはフリーヴォーカリゼーション、日本語でいうと「オタケビ」なのだそうだ。さらに彼は、自らを育んだ石見神楽を融合させ、新たな音の世界を創りだそうとしていた。その様子があるテレビの特集で放映された。伝統と現代が融和した神秘的で心地よいその舞台に鳥肌がたった。そこには、10数年前に心躍らせたPINKと、この地で出会い惚れ込んだ石見神楽が自然のままに美しく溶け合っていた。
「生で聞きたい、ライブで見たい・・しかも石見で」。だが、それは叶わぬ夢であった。ならば、自分たちでやるしかない。もし実現できたなら、きっと石見の名物イベントになるだろう、そして新しい文化となり、いつか石見を世界に伝える架け橋になる、そう確信した。
動き出した時、「伝統芸能をバカにするな」と言われた。これまでの神楽とは別のものであることは理解してもらえなかった。感性と伝統、都市と田舎、過去と未来・・両者が出会い、融合することによって、新しい何かが生まれるのだと思う。「オタケビと神楽」も異なるものだからこそ、互いの魅力を高め引き立てあう。それこそが、これからの時代が求めるものではないだろうか。
「神楽はタダがあたりまえ、そんなんで誰も来やせんで」と忠告してくれる人もあった。自治体や大手企業に頼めばどうにかなるかもしれない。でも補助だけをあてにすれば長くは続かない。だからこそ、あえてライブは有料にした。
2002年夏、チケット販売に東奔西走し大汗をかいた。一方で応援してくれる仲間や団体も現れた。
ようやく開催された8月のある日、チケットは完売し、危ぶまれた天気にも恵まれた。桜江町「風の国」の屋外能舞台には全国から多くの人が集いその幻想的なライブに魅せられた。地元社中の人たちが「神歌はいいな、これからはもっとしゃんと歌わにゃなー」と言う言葉を聞き、やってよかったと思った。汗と一緒に涙もこぼれた。
2003年夏、今年も「オタケビと神楽」に向けて、みんなと大汗を流す熱い季節が訪れた。
日時: 2007年02月05日 15:29
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